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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)8536号 判決 1985年4月16日

原告

東郷健

原告

法人にあらざる社団

雑民党

右代表者党代表

東郷健

右両名訴訟代理人

遠藤誠

被告

日本放送協会

右代表者会長

川原正人

右訴訟代理人

堀家嘉郎

右訴訟復代理人

石津廣司

松崎勝

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

川野辺充子

外二名

主文

一  被告日本放送協会は、原告東郷健に対し金三〇万円及びこれに対する昭和五八年九月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告雑民党に対し金三〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告日本放送協会との間に生じたものはこれを三分し、その二を原告らの、その一を被告の負担とし、被告国との間に生じたものは原告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告両名は連帯して、原告東郷健に対し金一〇〇万円、原告法人にあらざる社団雑民党に対し金一〇〇万円及びこれらに対する訴状送達の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告両名の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の申立

(一) 原告東郷健の被告日本放送協会に対する訴えを却下する。

(二) 原告法人にあらざる社団雑民党の被告両名に対する訴えを却下する。

(三) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言(被告国)

第二  当事者の主張

一請求原因

1  原告法人にあらざる社団雑民党(以下「原告雑民党」という。)は、公職選挙法(以下「法」という。)八六条の二の政党その他の政治団体として、昭和五八年六月二六日実施の参議院(比例代表選出)議員の選挙において、東郷健外計一〇名を候補者とする名簿を選挙長に届け出たものであり、原告東郷健(以下「原告東郷」という。)は原告雑民党の代表者である。

2  原告東郷は、昭和五八年六月五日、法一五〇条により被告日本放送協会(以下「被告NHK」という。)において政見放送の吹き込みを行い、被告NHKの政見経歴放送実施本部部員がその政見の録音及び録画を行つた。

3  右政見放送の吹き込みにおいて原告東郷が発言した内容は別紙「政見放送」に記載のとおりであつたところ、被告NHKの前記職員は別紙「政見放送」中一二頁の「めかんち、ちんばの切符なんか、誰も買うかいな」という部分及び二一頁の「めかんちやちんばの」という部分の音声をカットして昭和五八年六月一六日及び同月二〇日の二回にわたり放送した。

4  放送に先立ち、被告NHKは、昭和五八年六月一〇日付文書をもつて自治省行政局選挙部長に対し、録音、録画した原告東郷の政見放送中に「めかんち」、「ちんば」という不穏当な文言があるとしてカットの是非を照会したところ、同年同月一一日、同部長は、当該部分をカットすることは法一五〇条一項の規定に違背するものではないと解する旨文書回答した。

5  被告NHKの政見経歴放送実施本部部員の行つたカット及び自治省行政局選挙部長の行つた回答は、いずれも法一五〇条一項の規定に違反する違法行為であり、原告両名の政見放送権を侵害した不法行為である。

6  被告NHKの責任

前記不法行為は、被告NHKの被用者たる政見経歴放送実施本部部員が、被告NHKの事業である放送事業の執行についてなしたものであるから、使用者たる被告NHKは民法七一五条により原告らの損害を賠償する責任がある。

7  被告国の責任

前記不法行為は、自治省行政局選挙部長という国の公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うにつき故意かつ違法に原告らに損害を加えたものであるから、被告国は、国家賠償法一条一項により原告らの損害を賠償する責任がある。

8  損害

前記不法行為は原告両名の政見放送権を侵害するものであり、その損害額は、それぞれ一〇〇万円である。

9  よつて、原告両名は、被告両名に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、請求の趣旨記載の金員の支払を求める。

二被告両名の本案前の主張

1(被告NHK)

違法な政見放送により侵害される権利ないし利益は政党その他の政治団体の得票であつて、候補者個人に対する投票その他の権利ないし利益ではなく、候補者の個人としての権利ないし利益が直接に侵害されることとはならない。原告東郷は被告NHKに対する訴えにつき原告適格を有しない。

2(被告両名)

原告雑民党は法人にあらざる社団と認められる要件を具備しておらず、当事者能力を有しないから、原告雑民党の訴えは不適法である。

三請求原因に対する認否

1(被告NHK)

(一)  請求原因1、2は認める。

(二)  同3のうち、カット部分を争う。カットしたのは、別紙「政見放送」中一二頁の「めかんち、ちんば」という部分のみである。その余は認める。

(三)  同4は認める。

(四)  同5、6、8は争う。

2 被告国

(一)  請求原因1は認める。

(二)  同2は不知。

(三)  同3のうち、カット部分を争う。カットされたのは別紙「政見放送」一二頁の「めかんち、ちんば」の部分のみである。その余は不知。

(四)  同4は認める。

(五)  同5、7、8は争う。

四被告両名の主張

1  法一五〇条一項後段の規定は、通常人がこれを聴いても直ちにその違法性を認識できるようなものまでそのまま放送するように義務づけているとは条理上考えられない。法一五〇条の二は、政見放送の品位を損なう言動をしてはならない旨規定している。本件のように、通常人に対し、客観的に明らかに身体障害者に対する差別感、侮べつ感を与える特定の文言である場合には、これをカットしても違法はない。

2  被告NHKは、全国民の基盤に立つ公共放送の機関であるから、放送内容について国内番組基準を制定し、人権・人格・名誉を尊重し、人心に不快の念を起こさせるような表現はしないことを定めているが、本件でカットした文言は、番組基準に照らして被告NHKにおいて使用することができないものである。

3  本件カットによつて、原告両名の政見が視聴者に伝達されなかつたり、ゆがめられて伝えられたことはなく、原告両名の法律上の利益等が侵害されていないことは明らかである。

4(被告NHK)被告NHKは、自治省の指示を仰ぎ、前記回答に基づいて本件カットをしたものであつて、被告NHKに責任はない。

5(被告国)被告NHKは、法、同施行令並びに政見放送及び経歴放送実施規程(自治省告示)の定めるところにより政見放送を実施するものであり、被告国からの指示ないし委託により実施するものではなく、被告国に責任はない。

五被告両名の主張に対する認否

争う。

法一五〇条一項は客観的に明らかに刑罰法規に触れる行為さえそのまま放送すべきことを義務づけている。本件政見放送の内容はそのようなものですらない。本件カット部分で原告東郷が言つたことは、差別者たちへの怒りと糾弾であつたのであり、身体障害者に対する差別感、侮べつ感を与えるものではない。法一五〇条の二は公職の候補者自身に対し品位保持義務を訓示的に課したにとどまる。

政見放送については、被告NHKに編集の自由は認められておらず、国内番組基準を適用することはできない。

本件カットにより、差別用語を平気で使つている人間に対する心からなる怒りの表現が削除され、また本件カットは録音についてのみなされ、原告東郷はテレビの画面の中で口だけ動かして言葉が出て来ないという場面を放送されたのみならず、政見放送をそのまま放送することができる権利を侵害された。

第三  証拠<省略>

理由

一  被告両名の本案前の主張について

1被告NHKは、原告東郷には原告適格がない旨主張するが、本件訴訟において、原告東郷は、違法な政見放送により自己の権利、利益が侵害されたと主張してその損害の賠償を求めているのであるから、原告東郷に原告適格があることは明らかである。

2被告両名は、原告雑民党は法人にあらざる社団の要件を具備せず、当事者能力がない旨主張するが、原告雑民党が法八六条の二の政治団体であり、昭和五八年六月二六日実施の参議院(比例代表選出)議員の選挙において一〇名の候補者名簿を選挙長に届け出たものであり、原告東郷がその代表者であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告東郷は、同性愛者や身体障害者への差別の排除を目的として「雑民の会」なる組織を結成したこと、「雑民の会」は約五〇〇〇人の会員を有し、会員からの寄付により原告東郷を中心として月刊誌の発行、公演、映画上映などの活動を行つてきたものであること、前記参議院(比例代表選出)議員選挙において、原告東郷及び「雑民の会」の会員が中心となり「雑民党」なる政党を結成し、性愛に対するあらゆる束縛と偏見に対してこれを打破し差別意識を根絶させることを志す旨を定めた党則を選挙管理委員会に提出したこと、原告雑民党の供託金は「雑民の会」の会員の寄付によりまかなわれたことが認められ、以上の事実からすると、原告雑民党は社団の実体を備え、当事者能力を有しているというべきである。

二  本案について

1原告雑民党が法八六条の二の政治団体であり、昭和五八年六月二六日実施の参議院(比例代表選出)議員の選挙に候補者名簿を届け出たこと、原告雑民党の代表者が原告東郷であることは当事者間に争いなく、原告東郷が昭和五八年六月五日、被告NHKにおいて政見放送の吹き込みを行い、被告NHKの政見経歴放送実施本部部員がその録音及び録画を行つたこと、右政見放送において原告東郷が発言した内容は、原告らがカットを主張する部分を除き別紙「政見放送」記載のとおりであること、被告NHKの職員が別紙「政見放送」一二頁の「めかんち、ちんば」という部分をカットして放送したことは、被告らとの間で争いなく、或いは弁論の全趣旨により認めることができる。

2被告NHKの職員が別紙「政見放送」中一二頁の「めかんち、ちんば」という部分をカットして放送したことは、前記のとおりであるが、これを超えて原告主張のカットがなされたことを認めるに足りる証拠はない。検甲第一号証によれば、原告主張の別紙「政見放送」中一二頁の部分については、「そんな有名人がしても、まあ満員にするの大変やのに、あの無名の、まあ、あの」という部分から「でつて、そんなもん、満員にならないわ」という部分に至るまで約1.2秒の間音声がカットされていることが認められるが、カットの時間からすると、この間に、「めかんち、ちんばの切符なんか、誰も買うかいな」という発言がされていたと認めることはできない。また、右検甲第一号証からは、別紙「政見放送」中二一頁において、何らかのカットが行われた形跡をうかがうことはできず、原告主張の「めかんちやちんばの」という発言が録音の上カットされたと認めることはできない。<証拠>中、原告主張に添う部分は採用できない。

3法一五〇条一項後段は、日本放送協会は、政見を録音し又は録画し、これをそのまま放送しなければならない旨規定しており、この規定は、日本放送協会が内容を審査検討して放送の諾否を決するようなことは、政見発表の自由を侵害し又は侵害するおそれがあるので、これを禁止して選挙の公正を保障しようとしているものと解される。

ところで、本件カットは別紙「政見放送」中一二頁の「めかんち、ちんば」という文言について行われたものであつて、右文言がそのまま放送されたとしても、直ちに他の法益を侵害するとは考えられない。<証拠>によれば右文言が身体障害者に対する差別用語であると認められるが、<証拠>によれば、原告東郷は右文言を他人の言葉として引用したものであつて、差別のために用いたものではないことが認められ、右文言をそのまま放送することが直ちに他の法益を侵害するものではなく、本件カットは法一五〇条一項後段の規定に違反するものという外ない。

法一五〇条の二は、政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない旨規定しているが、この規定は、政見放送としての品位を損なう言動をしないよう候補者の自覚をうながすものであつて、本件カットを適法とするものではない。

4<証拠>によれば、被告NHKは、国内番組基準を制定し、人権・人格・名誉を尊重し、人心に不快の念を起こさせるような表現はしないことを定めているが、これは、政見放送に適用すべきものではない。

5被告NHKが自治省行政局選挙部長に対して本件カットにつき照会したところ、同部長は本件カットが法一五〇条一項の規定に反するものでない旨の回答をしたことは当事者間に争いがないが、被告NHKは、法、同施行令、並びに政見放送及び経歴放送実施規定(自治省告示)の定めるところにより政見放送を実施するものであり、国からの指示ないし委託により実施するものではない。従つて、被告NHKが右回答に従つたとしてもその責を免れず、本件カットが選挙部長の右回答に因るものということはできない。

6本件カットが原告両名の政見放送をそのまま放送することができる権利を侵害したことは、明白である。前記甲第一号証、検甲第一号証によつても、本件カットにより原告両名の政見が視聴者に伝達されなかつたり、ゆがめられて伝えられたものとは認め難いが、本件カットによる権利侵害、侵害された権利の重大性に変りはない。被告NHKは原告両名に対しそれぞれ損害賠償金三〇万円を支払うべきものとするのが相当である。

三  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は、原告両名が、被告日本放送協会に対し、それぞれ金三〇万円及び主文記載の訴状送達の翌日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(大前和俊 高橋祥子 喜多村勝徳)

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